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ダブル鼬ごっこ

昨日はメモリアルデーで、天気が良かったので、

アメリカ中でたくさんの人たちがバーベキューしたことでしょう。

我が家は一日早く、日曜日に息子夫婦とバーベキューをした。

この日が過ぎると、夏が来たと感じるのだが、今日はまた雨が降り寒い。

朝はヒーターをつけるくらい寒かった。


昨日、天気が良かったのでちょっと心配していたのだが、

今朝見るとやはりその証拠があった。

鉢植えのプラントの土をほじ繰り返されていた。犯人はリスだ。

スプレーをまく。一回まくと3ヶ月持つと入れ物に書いてあるが、

雨が多いのですぐ消えてしまうらしい。

スプレーをまいてホッとするもつかの間、再び雨が降り出した。

それを待っていたかのように、ナメクジが出没。嗚呼・・・

ここは、雨が多いのでナメクジとの戦いは半端じゃない。

晴れの日は、リス。

雨の日は、ナメクジ。

ダブルいたちごっこである。


鼬(いたち)という字、こんな字だったのだ、知らなかった〜。


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by orientexp | 2011-05-31 12:31 | 井戸端会話 | Comments(10)
先日友人宅へおじゃました。

彼女の家の庭に蕗がたくさん生えていた。

太さはそれほどでも無いが、たくさんの蕗が密集していて驚く。

彼女は慣れた手つきで次々と採っていく。

キッチンに戻り、蕗を板づりして手早く茹でる。

その慣れた手さばきに、彼女の普段のキッチンでの活躍が見える。

茹であがった蕗を水につけておき、私たちは歩きにでかける。

最近歩くことを始めたという友と住宅街を抜けて、木が密集している場所に入り込む。

実は、彼女はもしかしたらと思い、袋を持ってきたのだ。

と、いうのは、蕨があるかもしれないということで、やはり誰かが採った後があった。

はじめは見つけにくかったが目が慣れてくると蕨があっちこっちに見え始めた。

東海岸に住んでいたころ何度か蕨採りをしたことがある。

あれから20年ぶりの蕨採り。忘れていた記憶が甦る。

気がつくとだんだん中に入り込んでいく。これが危ないのだ。

周りが似たような景色だから迷子になりやすい。

友と声を掛け合いながら、道からそれそうになると引き返す。

収穫時期が過ぎたようで密集とはいかないが、それでも袋一杯になる。

入ったときと違う場所から通りに出る。ずいぶん入り込んだようだ。

ツツジとライラックが空に向かって謳歌している住宅街を抜け家に戻る。

友は出かける前に用意した蕗を調理する。

他に、かき揚げ、いかの味噌照り焼きソースからめ、など料理上手な友は手早く整える。

一緒に頂く、泡の出る飲み物は、歩き疲れた体に染みわたり幸せな気分でありました。

取り立ての蕗は新鮮でサクサクと歯触りもよく美味しかった。

蕨は半分づつ分けて、私は家に持ち帰り、灰汁だしをして冷蔵庫にしまいました。

2、3日うちに、蕨の煮物が我が家の食卓に登場することでしょう。
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by orientexp | 2011-05-23 11:30 | 井戸端会話 | Comments(12)
昨日は、麗らかな昼とうってかわり、

夕方には雷が轟き、その後から雨が降り出した。

それでも今朝の温度は確実に春がきていることを感じさせるものだった。

しとしと降る雨を見ながら、今日は読書の日と決め込み、積んであった雑誌と

本を小脇に抱えて活字の世界に入り込んだ。


まずは、あと少しで終わりの文庫本、

「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子著 を読み切る。


テレビ番組に彼女のことが取り上げられ興味があり、文庫本を3冊入手。

イタリアで暮らしたころの話で、コルシア書店に集まる仲間たちの物語。

たんたんと書かれている文章は、少し湿気をおびた朝の風景の温度であり、

また、カラッとした昼下がりの風のようでもあり、時々取り込まれる軽い皮肉に

著者の感性が見え隠れする。読んでいて、穏やかに行間を進むことができた。

初めての作家だが、残りの2冊も読むのが楽しみになった。


著者は最後の章の最後で書いている。

人それぞれ自分自身の孤独を確立しないかぎり、人生は始まらないということを、

すくなくとも私は、ながいこと理解できないでいた。

若い日に思い描いていたコルシア デイ セルヴィ書店を徐々に失うことによって、

私たちは少しずつ、孤独が、かつて私たちを恐れさせたような荒野でないことを

知ったように思う。



この本の解説に、松山 巌という評論家が書いている文章から、

記憶は過去のものではない。わたしたちは生きて行くなかで記憶を育み、

記憶と共に生きる。人はたとえ死んだとしても、友情の網目のなかで生き続ける。

そして私たちは大切な人々の記憶のなかで自分自身を発見するのである。


著者は、昔の仲間たちのことを書きながら、自分の30年前を再生しながら

言葉を紡ぎだし仲間たちを感じでいたのだと思う。


評論家はこんなことも書いている。

人は文章の修辞を学ぶことで、言葉を紡ぎ出せるのではない。

どうしても語らなければならぬという思いが言葉を練り上げる。

そうしてはじめて人は文章家となる。


語りたいことがあるのに文章にできない私の裡に突き刺さった言葉である。
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by orientexp | 2011-05-15 14:41 | | Comments(6)

母の日 2011

一年でいちばんレストランが込む日は母の日だそうです。普段食事の

世話をしてくれる母親にせめて母の日くらいはキッチンから解放してやろうという、子供の思いなのでしょうね。

我が家では、土曜日に娘と息子夫婦から花が届きました。

ところで、日本では母の日はカーネーションを送るのが流行っているようですが、

こちらではカーネーションに関係なく色とりどりの花のブーケを送ります。

花屋さんも母の日の前は大忙しだったことでしょうね。


去年は息子が料理してくれた母の日でしたが、

今年は彼らがケンタッキーFCからテイクアウトして我が家に持ち込みの食事でした。

私が用意したのは、食器類と飲み物だけでした。

我が家でのリラックスした食事は楽しいものでした。

片付けも簡単にすんで、息子にデスクトップのPCをテレビに接続してもらいました。

このPCは最近調子がおかしくて、マックブックを買ったのでご用済みなのですが、

少し遅いけれどまだ使えます。

しっかりとその寿命を全うして上げと、テレビに接続して、

ダウンロードした動画を見るために使います。テレビでみる動画はやはり良いものです。

でも、ブログなど読んだり書いたりするには遠すぎてだめですが。


こうして、今年の母の日も過ぎていったのでありました。

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by orientexp | 2011-05-09 15:40 | 井戸端会話 | Comments(8)
4月の更新もままならぬまま5月に突入しました。

暦の上では春はとっくに始まっているのに、まだ春不安定の当地です。

でも、昨日は麗らかな天気でした。

当地に住む日本人が集まる婦人会のお楽しみ会があり出かけてきました。

歌あり踊りあり、笑いありと盛況な集まりでした。

普段は、家に居たりご近所さんたちとの付き合いをしたりするだけの人たちも、

この日ばかりは、テーブルを回ってお互いの近況を報告していました。

今回、コーラスのお手伝いをしてきました。久しぶりのコーラスでしたが、

ひとりで歌うよりコーラスで声を合わせて歌うのは楽しいものですね。

再びハマリそうな感じがしています。


マックブックを買ってしまいました。まだ、使い方がよく分かっていません。

マイクロソフトのオフイスマックをインストールしました。

この文章はそれで書いています。字を大きくして書けるので見やすくて書きやすいですね。

これから、このマックを使いこなさなければと、ちょっと不安でもあります。

先月の歩きで見つけた花と動物。
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by orientexp | 2011-05-02 20:45 | 井戸端会話 | Comments(13)

日々のできこと


by sakura